[ 新建築住宅特集:「建築家と自邸」対談 ]( 1992年3月号 )

新しく何かを開発しようと思う時、自分の考えをすぐに実行できるのが直営の強みです。

ーーこの家を建てて6年になります。1階を事務所、その上を住居として計画しました。敷地は11坪しかありませんが、狭苦しくなるのは嫌ですから、狭いところでの様々な工夫をしています。その一つが階段。スペースを節約するために周り階段にして、でも普通に作ったら出っ張ってしまいますから右と左を互い違いに上がらせたり、テレビ置きや収納棚を兼ねたり、また裏から見てもカッコイイように色々工夫しています。構造は普通のベニヤを箱状に組み込んだだけのもので、下地らしい下地はありません。段板は厚さ21ミリ、側板は12ミリのものを使い、仕上げはカシュー塗りです。形は現場でベニヤがどのくらいまで曲がるものなのかを探りながら決め、段板の形に切ったベニヤを床に置いて、実際に歩いて確かめながら組み立てていきました。

ーー施工はほとんど自分の手で行いました。新しく何かを開発しようと思う時、例えばこの家でいえば窓とか、様々な部位で規格に無いものをすぐ作れるというのは直営の強みですね。
やってダメならすぐやり直しができる。かなり協力的な工務店があってそこに全部任せられるような場合でも、担当者を説得し、さらにその人が実際に作る人に説明するという2段構えでは、僕の考えていることがなかなか伝わりにくい。そこにはお金の話も絡む。ちょっと難しい試作品になると案外一品が高いものになってしまう。しかしそういうルートでなく一枚の窓にしても、鉄骨屋さんに僕が図面を持って行ってああだこうだ言いながら実際にそこで作る。するとすごく安く自分のアイデアが実現できる。それが自分で施工までやっていることの楽しさというか強さというか、時間はかかりますが、作るということはその辺までのことだと思います。図面は一つの段階であり、最後まで作る行為であって、僕にとってみれば後半の実際に作ることの方が中味が濃くて何かやっているという気がしますね。

ーー実際に決めていくのは現場で自分の手で探りながらです。例えば1階の3方をぐるっと回っているハイサイドライトは、強制換気がどうしても嫌だったものですから、開くようにしたい。どういうふうにすればいいかは、図面を書いているうちは分からなかった。だいぶ施工が進んできた段階でポリカーボネートを曲げて、その曲げに対抗する力で開ければいいということが分かってきた。ポリカーボネートはアクリルや塩ビと違って弾力性があって施工性もいいですから、だからしばらく仮囲いのままでしたね。そいう感じで、まず全体の骨格を決め、部分部分を現場で詰めていくのが僕のやり方です。逆に頭の中だけで考えていると、限界があるんですね。実際に素材を曲げたりいじくりまわしながら、僕だったらこういう使い方ができるという発見があり、そこから新しい形が生まれるということがありますね。

ーー3階部分は小屋裏を利用して寝室と浴室。その真ん中にサンルームがあります。押し出し窓はこの家のために設計したオリジナルです。サッシの荷重は50kg以上ありますが、レールに乗っかっていて、そのレールは水平ですからある程度重くても案外スムーズに開け閉めができるんですね。このアイデアがなかなか出なくて、ここもしばらくベニヤをかぶせてほっておいたんです。その下のサッシは屋根に沿って斜めに入れ、光が窓からベンチの下のガラスを通して下階の居間に落ちるようになっています。風通しの効果もあり、これも狭い敷地のもう一つの工夫です。

自分がどういう人間になりたいかということが、どういう建築を作りたいかにつながる。

ーーコスト面でも全てローコストの極みを追求しているという感じがありますね。材料は全て下地材なんです。自分の家で実験してみてそれほど悪くないんで、人の家でも使っていますが、天井板や壁板には構造用合板を使うことが多いですね。表面は天然のカシューを少し塗っています。なるべく、ついた傷がひとつひとつ家の歴史となって味わいが出てくるような材料を使いたいと思っています。そういう視点で選んでいくと下地材が一番いい。生活ってのは、住宅にとってみれば暴力を内在するようなもので、それを受け止められる、ネジをとめても全く気にならない。むしろいい思い出になっていき、決して材料を傷めたということにはならない、そういう材料で包んでやると、生活は神経質にならなくて伸びやかにやっていけると思うんです。

ーーどんなものでも受け止められるという材料がある一方で、とても繊細な材料もあります。生活を包むにはあまりふさわしくありませんが、物を大事にしなくてはいけないという心を育てるもの、子供にものをいたわる気持ちを教えるもので、それは非常に日本的な材料、例えば和室の土壁とか、塗り壁などがいい例です。間違ってもビニールクロスではありません。こうした材料は用途に応じてきちんと使い分けされることが必要だと思います。

ーー居間の壁は仕上げをしていません。残熱材を入れずに外壁だけですから断熱性を考えてALCの50ミリを使っていますが、効果はいまひとつ。しかし壁厚の有効利用の方がはるかに便利です。壁の深みが棚などに利用できる。テーブルは現場で家具を作るのに失敗した材料を持ってきて、子供の成長に合わせて色々なものをつけていきました。

ーー小物に石やホースや排水管を使ったりしていますが、これはそもそも工業化からなるべく遠くへ行きたいというのが出発点です。もっともらしい顔をしている規格品の嘘ということがあるわけで、工業化もいいんですが、そうしなくてもいいのではないかというものも結構ある。私たちは住宅の商品化、工業化に慣れてしまって、もっと他に楽しいものがあるのに見えなくなってしまっている気がします。人間から遊離した建築、空間をわざと歪めた建築や人に媚びようとしているもの、それらは人に媚びながら人間が近づくと逆に拒絶してしまう。底が知れると飽きてしまう、そういうものが実に多い。しかし人間の生活をもっと抱擁するものが大事で、工業化に騙されるのではなく自分のスタンスをきちんと持つべきだと思うんです。

ーー一時、石に結構凝ったことがあります。トイレの把手は石ですが、石というだけでちょっと面白い感じがします。その素材に出会って、石を見つめてこれで何ができるか、このホースもグニャグニャしているけど芯を詰めればドアノブに使えそうだとか、毎日何かの素材を見ながらそういうふうに考えるわけですね。

ーー僕は海が好きで、それが高じてヨットを自分たちで作ったこともあります。その時にいろいろな工具を使うんですが、工具を知っていると形が生まれてくる。ちょっと変わった形でも案外簡単に作ることができるし、大工さんにも説明しやすい。作るために無理はしないし、形に説得力が出てくると思います。
形には用途なり意味がないと作る気がしません。ものを作ること、つまり無から有を作り出すエネルギーは生きる意欲に他なりません。生命力があるからできる。ものを作る気持ちは生命に正面から向き合わないといけない。それがものを作る姿勢だと思う。斜に構えたような建築、形に用途も意味もなにもない建築は、生きることに対して素直ではないですね。そういうものを否定するわけではありませんが。

ーー建築のテーマは ”自分” です。自分の生き方が建築になっている。自分がどういう人間になりたいかということが、どういう建築を作りたいかになる。だから最終的には自分はどういう生き方をしたいかというのが建築のテーマですね。なるべく素直に、人を驚かそうとするのではなく、自分がこういうふうに生きたいんだという方向に建築をつくりたいと思います。

( 談 )

 

 

竣工:1986年

所在地:東京都江戸川区

用途:専用住宅

掲載雑誌新建築住宅特集1992年3月号
    Diamond”BOX”4 S61-4
    NewHouse 1988-7
    クロワッサン1993-7(376)
    フェリカ別冊ふたりの住まい“’88
    主婦と生活社美しい部屋別冊
    サンケイ新聞s61-12-23 “わが家のポイント”
・     他多数

TV    多数

受賞   1985年 SD賞入選

 

Wing Hutは、敷地面積11坪という狭小敷地に建つ木造3階建て。
海野健三による本格的なセルフビルド第一号。建築のSD賞に入賞した。テレビや雑誌にも随分取り上げられた。
当初は、階段を踏み外すのではないかと心配する人がいたが、未だ踏み外した人はいない。意外に登りやすいと言う人が多かった。
自分の家だから、人の家では出来ないことをやってみようと思った。階段もそうだが、他にドアや窓等、かなり実験的な家となった。
本格的なセルフビルドは始めてのことなので、脳も体も慣れてなく、一歩進めるだけでもかなりのエネルギーが必要だった。酸素の薄い高所の山を単独登山しているような感じだった。考えたり、休んだり、脳みそを慣らさせるのに時間がかかった。
未完成の状態で住み始めて、完成には1年以上が必要だった。
この頃は、まだノウハウの蓄積もあまり無かったため、ごく普通の工法を踏襲しながらの実験だったが、得るものは多かった。

私の建築は、この家から始まったと言える。