2015.1.18
初セーリング
夜更けまで吹いていた風もおさまり、穏やかな朝を迎えた。
日差しがほんのりと暖かいものの、空気は冷たく、何もしないと寒くなってくる。
船に乗り込む時、もう一枚着込もうかと思ったがそのまま乗船してしまった。
コクピットが日陰にならないようにセールをはる。
海上の風速は、それでも4m/s ぐらいあった。
のんびりとセーリングを楽しめる。
富士の裾野がなだらかに延びた先に、一段高くして起伏した稜線の山々が繋がる。
その向こうには、冠雪した南アルプスの山脈が望める。
上空は雲1つない。
スーっと鳥が横切る。
引き雲のない黒い点の飛行機がゆっくりと虚空の中を移動している。
静かだ。
風の音だけがあり、空気に沁み込んでいる静寂は、氷のようにひっそりとして動かなかった。
出航して、セールをあげて、一通りの作業で少し体は温かくなったが、
ほどなくティラーを持つ手が冷たくなり、体も少しづつ冷えていった。
相棒が、昼食を作り始めた。
帆走中の昼食作りは、この船では初めてだ。
ヒールもあまりしていないからだが、しかし途中から風が吹き始めた。
クローズだから料理するには快適とはいえないヒール角になる。
目的地のないセーリングだから、シートを緩めるとか進路を風下に落とすとかしてヒールしないようにすればいいものを、なぜだかそのままクローズで帆走した。
かなり傾いた状態のまま昼食作りは継続された。
さすがに「 オーバーヒールだな 」という声が船内から聞こえる。
あっ、そうか、と状況を認識して、やっとシートを緩める。
思考回路の接続が、どうも寒さで半凍結していたようだ。
ホワイトソースのスパゲッティとスープが出来上がってティラーを持ちながら頂いた。
美味しかった。
冷えた体に温かいスープはありがたい。
今日のゲストは、相棒の仕事関連の、音楽が趣味で作曲もするという若人。
「 剣 」のコクピットに K さんの姿もあった。
下船後に合流して熱い湯の町営温泉「湯らっくすの湯」へ行った。
今日の湯はそれほど熱くなかったが、冷えた体がジワーッとする。
相棒が言うには、” 関節がほぐれる ” そうだ。
K さんは、この3月で定年を迎えられ、そのあとは「10年だな」と語っていた。
いまだ見通せぬ道程をあれこれ描いている私から見ると、それは今日の青空のように清しいものでさえあり、私より5歳年若でありながら諦観というものを超えた静かな心境であるようだ。
そんな話を聞いていると、
鳥や飛行機が、音もなくまるで夢の中のものであるかのように、
うつしよの生も、はかなく夢の中のような気がしてくる。
夏は、2週間の休みをカレンダーに入れておく、と相棒が言っていた。
「カレンダーに入れてしまえばこっちのもんだ ! 」と休みを取るのも格闘模様。
しかし1ヶ月で1週間短くなったから、夏までには無くなってしまうかも。
私は、曖昧な相槌を打っていた。
私との約束というものにはしない方がいいと思えた。
かりに1週間になってしまったとしても、それはそれでいいし、なによりも超多忙の彼を責めたくない。
それに私も、昨年はヨットに入れ込んで箱根があまり進展しなかったこともあり、
今年は前進させたいと思うので、長くても2週間位がいいのかもしれない。
そしてある程度箱根が進んだら、
広い海原に長い航路を刻んでみたい。
はかなくともこの広いうつせみに、ひそかな希望のひとすじを刻むように。
あまり年をとらないうちに。